隠せない疲労〜秘密の声〜
 
 
1982年2月16日の朝、党中央委員会の庁舎玄関前には金正日(김정일/キムジョンイル)書記の乗用車が待機していた。
幹部たちは乗用車のそばで、書記がいつ出てくるのかと焦燥感に駈られて待っていた。

誕生40周年を迎える書記に共和国英雄称号を授与することになり、金日成(김일성/キムイルソン)主席は英雄称号授与と共に40周年慶祝午餐会も開くために、書記および政治局員たちをみんな錦繍山議事堂(現:記念宮殿)へ呼んだのであった。

しばらくして書記が玄関から出てきた。
幹部が乗用車のドアを開けると書記はありがとうと言ったが、喉がかれて短い挨拶をかわすのもつらそうだった。
書記は誕生日を迎える昨夜も一睡もせず夜を明かし、主席が心配している問題を解決するために長時間、協議会を指導していたのだった。

少し経って乗用車が議事堂へ向って出ると幹部は静かに言った。
「あまりにも無理をして仕事をしすぎです。昨夜も一睡もせず徹夜されたが、喉がかれない訳がありません」

「夜を明かしたからなのか、いきなり喉がかれました。今日、主席が私の喉がかれているのを知ったらまた心配するので、あなたは私を助けてくれなければなりません」
そばで聞いていても書記の声は聞き取りにくいほどかすれていた。

「私は今日午餐会に参加し、主席の前でできるだけ話さないようにします」
「どうしてですか?」
「主席に全部の事実を正直に報告することが戦士たちにとって鉄則でなければならないのですが、私の喉がかれているのを知れば主席は気を使うでしょう。だからあなたも私が徹夜で仕事をして喉がかれたことを言ってはなりません」

書記の喉がかれたことをそのまま報告しても、かれた喉がすぐ治るわけでもなく、また喜ばしい日に主席に心配させることになるようで、書記の意志通り「秘密」を守ることとなった。

少ししてから乗用車は錦繍山議事堂に到着した。
政治局委員たちからの祝福を受け主席の前に行った書記は、英雄メダルと証書の授与を受け、遠く後ろへ下がり主席に党と革命、祖国と人民に忠誠を尽くすと厳粛に決意を述べた。

決意を聞いた主席は心配そうな口調でこう言った。
「・・・喉がとてもかれています。喉がかれたのをみると、また夜を明かしたようです」

 
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