Goods Column, 13


冒険小説とダコタ

DC-3 in Cover of
(c) HAYAKAWA PUBLISHING, INC.
ペイタ・ゲーリケは、人が馬を愛するように、揺るぎない情熱をこめて飛行機を愛した。ソーッと手を伸ばして翼に触り、いかにも優しい声でいった。「久しぶりだなあ、おい」
「この型の飛行機のことを知っているのかね?」ラードルがきいた。
「どの女よりもよく知っていますよ」

冒険小説の不朽の名作、ジャック・ヒギンズ「鷲は舞い降りた」(1975年 菊池光訳 早川書房)で、第2次世界大戦時のドイツ軍パイロット、ゲーリケ大尉が、かつて操縦していたダコタことダグラスDC-3と再会したときの有名なシーンである。ダコタは 1935年の初飛行以来、1万機以上が生産された傑作機。その大多数は第2次大戦における軍用輸送機C-47として使用され、連合軍の勝利に大きく貢献した。

傑作機だけあって、ダコタは「鷲は舞い降りた」をはじめとする冒険小説、それも名作と呼ばれる作品にたびたび登場する(注1)。例えば、デズモンド・バグリイ「高い砦」(1965年 矢野徹訳 早川書房)の冒頭のシーン。

サムエアーのボーイング727が管制塔の前にすんなりと横づけされている。オハラはしばらくその姿をうらやましそうに眺めていたが、やがて視線をそのむこうの格納庫にうつした。
一機のダコタに貨物がつみこまれている。そして、明るい照明に尾翼の標識がはっきりと浮かんでいる---山頂のつらなりと見えるように芸術的に描かれたふたつの重なる"A"だ。かれは自分の心に笑いかけた。ダブルA、アルコール中毒者同盟のマークで飾り立てられた飛行機を操縦しなければいけないというのは、まったくかれにむいている。

第2次大戦終了後、余剰となった多くのダコタは世界中のエアラインに払い下げられることになる。「高い砦」に登場するのも、アンデス空輸(注2)という南米のローカル線の1機。主人公のパイロット、オハラは腕は確かだがサムエアーのようなメジャー・キャリヤのパイロットになることは夢の夢であり、彼の相棒はくたびれたダコタ、、、。と、「鷲は舞い降りた」のダコタの愛情のこもった扱いとは対照的に、かなりぞんざいに描かれている。しかしこれこそがダコタの本来のイメージだと思う。決してスマートとはいえない機体だけれど、ひたすら頑丈で、そして安い。それは、金と地位には無縁で、己の体力と根性だけが取柄という冒険小説の主人公達に通ずるものがある。

ギャビン・ライアルのデビュー作「ちがった空」(1961年 松谷健二訳 早川書房)もそうだ。主人公ジャック・クレイは、「高い砦」のオハラ同様パイロットとしての腕は一流だけれど、理由あって、いわば生活のためにやむをえずダコタに乗っている、しがない雇われパイロット。そういう「しがない」雰囲気をあらわすのにダコタはピッタリで、逆にそれはダコタが多くの人々に親しまれ、愛着を持たれている存在だということに他ならない。このように冒険小説ファンにとって最もなじみ深く、かつ愛されている飛行機が、このダコタなのだ。

ダコタはオーストラリアや東南アジアの一部などでは、今なお現役だという。そのダコタの乗客となり、騒々しいプラット&ホイットニーのエンジン音を真近に聴き、与圧されていないキャビンで震え、しかし幾多の冒険小説の物語を心に描きながら大空をゆく。それはしがない私の夢のひとつである。[1999/10/27]

注1: クレイグ・トーマス著の「DC-3の積荷」(1993年 田村源二訳 新潮文庫)なんていう、そのものずばりのタイトルの冒険小説もある。ただし作品本編にダコタはほとんど登場しない。なお原題は "A Hooded Clow"と、これもダコタとは全然関連なし。
注2: アンデス空輸="Andes Air-lift"で、これがダブルAマークの所以。

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