父母

もと吾れはこの世に存在せず。
吾が霊魂が無明(まよい)多きために、
臍帯観世音大菩薩の功徳と、
吾が母の深愛により、
霊魂の浄化修行のために
この世に生まれたる身なり。
ゆえに、老幼男女貴賎貧富を問わず、
人々の霊魂の修行は尽きることなし。
子供は勉強を人生最大の苦労として、
苦しみ悩みて修行す。
貧しき人は、富を求めて富者をねたみ、
万事、富で解決すると思い悩みて修行す。
富める人は、富に溺れて悪因を重ね、
富で解決できぬ深き悩みで修行す。
地位低き人は、地位を得んがために、
詐術を用いて人を裏切り悩みて修行す。
地位高き人は、さらに高き地位を求め、
生命短きことを悩みて修行す。
美しき人は、美を誇り、
七難蒙(こうむり)て身を誤り、
色あせる悩みで修行す。
かくの如く、霊魂の修行は、
万人共有して窮まりなし。
決して、他人の花を美しいと見ることなく、
山の彼方に、また山あることを悟り、
吾が霊魂を浄化修行できる身体なることに
感謝の真心を尽くすべし。
吾れ、かつて身体なし。
無明の霊魂が母の胎内に宿りし時は、
吾が身体の麈より小さく、
暗闇の水の中で生活し、
顔もなければ手足もなく、
心臓もなければ、胃や腸もなし。
吾れは暗闇の母の胎内を住居に借りに受け、
十月(とつき)の懐胎の間、
吾れと母を一体に結べる
慈愛の臍の帯の恩恵によりたて愛育さる。

母は吾れを懐胎して以来、
嘔吐、陣痛、不自由の身の苦しみをこらえ、
好みをすてて吾がために栄養をとり、
胎内の吾れを温め、
一切の苦しみと不安を、
わが子の成長のよろこびにかえ、
胎内の吾れを守り育てたり。
吾れは母の胎内にありし時、
口で食べ物をとることができず、
眼でものを見ることができず、
口や鼻で呼吸せず、
大便、小便を処理することもなく、
母と吾れを結ぶ神秘な臍の帯と、
母の胎内の恵みに甘えて成長す。
まことに、臍帯観世音大菩薩の
不可思議なる功徳と、
吾が母の限りなき愛育のほかなし。
十月の懐胎をすぎて、
母を地獄の苦しみをこらえて吾を産めり。
吾れはこの世の空気にふれ、
母と吾れを結ぶ慈愛の臍の帯を切られて
独立の人となるや、大声を上げて泣き、
教えらずして、
口と鼻で呼吸をはじめ、
クシャミをし、
耳で音を聞きわけ、
見えぬ眼で明かりを求め、
母に食を求めて泣き、
濡らしたおむつを取りかえよと泣けり。
まことに、地上最大の神秘は、
無功無比の吾が身の誕生なり。
いまだ眼の見えざる小さき吾れを、
父母はいかなる財宝よりも親愛し、
食を与え、衣を求めて懐抱し、
昼夜の別なく心をくばり、
大小便で汚するおむつを
不潔とせずに取りかえて洗い、
我が子の体を清潔に洗い、
ひたすらに成長を楽しみ、希望を託せり。
吾れかつて、疾病にかかりし時に、
父母は神仏に祈り、
医者を求め、良薬をさがし、
涙を流し身を以って
吾とかわらんことを願いたり。
父母は食事をとる前に、
吾れの空腹をおそれ、
まず、吾れに食事を与え、
父母が寒さをおぼえては、
着物をぬぎて吾れを温め、
夏は涼しきところに吾れを寝かせ、
父母はむし暑きところで居眠りたり。

父母は、喃々として吾れに言葉を教え、
歩行を教え、
危険を恐れて吾れから離れることなく、
くどく、やかましく善悪を教え、
立派な人になれと吾れを愛育す。
吾れようやくにして学校に入学する日、
父母は衣服を飾り、
吾がために祝膳をつくりて喜びを共にせり。
運動会の日、
母は早朝より来たりて、
吾が居所をたしかめ、
終日、吾れより目を離すことなし。
母は吾れ一人のために、
恥ずかしさを顧みずに声を枯らして声援せり。
吾れは母の期待にこたえんとして勇み、
母も吾と共に走りことあり。
吾れ遠く出でし時、
父母は風を愁い、雨を憂い、
おそく帰れば、
食事もとらず家を出て、
遠く望みて心配せり。

長じては、父母は吾がために、
嫁を求め、婿をえらびて、
吾が新生活に心つくし、財を与え、
吾が夫婦の和合せんことを一心に祈れり。
かくの如く、
父母の一生は、
吾がための苦労に尽きたるものなり。

美しく強く、勇ましきわが母は、
吾れ一人育てるために、
花のかんばせ、いつしか衰え、
小さく軽き老婆となり、
若き頃に剛気闊達にして堅牢なりし父も、
白髪の爺々となりて、体力気力共に衰え、
吾が前に坐して黙して語らず。
光陰矢の如くにして少年老いやすく、
吾等もまた、かくの如くなるべし。

地上最大の恩人にして、最愛の隣人は、
吾が父母のほかになし。
吾等、何をもって父母の恩に報いん。
今より、幼き日の吾れにかえり、
当時の父母の
きびしき、いましめの言葉、
やさしき、いたわりの言葉、
力強き、はげましの言葉、
広大なる堪忍の心を思い起こし、
慈愛溢るる
吾が父母の深恩に感謝し、
現在までの父母に対する
一切の不孝順を心から詫びると共に、
今より、一大決心を震い立たせ、
父母に対して、孝順愛敬の真心をつくし、
あわせて、
円満平和の霊魂にて、
天地万物と、すべての人々に対して、
感謝報恩することを、
臍帯観世音大菩薩に
衷心より誓うものである。

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